#831 作れるものは作るべきものか
くれるものは作るものではないのではない。作れるものが作れるものではないのではないだろうか。作れるものが作るべきものなのか考えなくちゃいけないという気持ちと、でもとにかく作ることって楽しい、とりあえず作ればいいじゃないかという気持ちもあるし、やはり作ることで思いつくものであるとか気づくことっていうのがあるから、目的なんてその気にせずにまずは作ってみてもいいんじゃないのか、そういう気持ちもある。まあいろいろあるよね。
さて、どういう話だろうか。これは主にAIエージェント、AIエージェントを使ったコーディング、AIを使ったプログラミングについて思うことだけれども、すべてのものが作れるわけではないけれども、作れる。それが適したものについては非常に簡単になった。だからいろいろ作りたくなる。今までにできなかったこと、今までやりたくてできなかったことであるとか、やりたいとしたら思わなかったことであるとか、いろいろなことができるようになって、いろいろなものを作りたくなる。細々といろんなツールを作ってみたくなるわけだ。
そしてそのことに時間を取られる。だけど、それは本当にやるべきことなんだろうか。それは本当に作るべきものなんだろうか。今までより簡単に作れるようになった今だからこそ、それが本当に作るべきものなのかどうかということは、とてもよく考えなくてはいけないのではないだろうか。
そう言っても、もちろん冒頭に言った通り、まあ、とりあえず作ればいいんじゃないかなあという気持ちもあるし、新しいトンカチを手に入れたら何でも叩きたくなるということもあるだろうし、新しい道具を手に入れたら何かいろんなことに使ってみたくなる。でも、そして使ってみたくなって、そういう人間の本能というものが、いろいろ使ってみたところでいろいろわかって、そしてまあ飽きたりする。ちゃんと身についたりもするし、身につかない時もあるけど、とにかく初めに触ってみていろいろわかることが大事だ。
そしてまあそのうち飽きたりとか慣れたりして、なんでもそれを使ってしまうという時期が終わる。だからまあいいじゃないかなとは思うけれども、でもやっぱりそれが楽しすぎると、それに埋没してしまわないだろうか。