#835 習慣と睡眠時間
こないだ読んだ本で、いろんなことにチャレンジする、習慣化する、そして継続していくということについて書かれていて、それは別にいいんだけど、色々参考になった部分もあったけれども、冒頭ですでに睡眠時間の短さが垣間見られるような記述があって、その時点で難しい気持ちになってしまった。
もちろん人によって必要な睡眠時間は違うし、その人はそれができるということは別に構わない、構わないというか、それは羨ましい素晴らしいことだけど、それが長いか短いかということではなくて、根本的にそもそも時間というものは限られているし、いろんなことを習慣化していくというのは、習慣化というのは良いことのように語られるけれども、まあ基本的には私も良いことだと思っているけれども、そうは言っても時間は有限なので、できることの数には限りがある。そしてたくさんのことをやろうとすると、当然一つ一つにかけられる時間というものが短くなってくるし、場合によっては睡眠時間も短くなってくるし、活動できる時間を増やさなくてはいけない。
自分自身がどんな風に時間を使っているのかということを知りたくて、もうずっとタイムトラッキングのアプリを使っていて、それによってわかったことや、わかっていないことはもちろんあるんだけれども、まあやらないよりやっていて良かったと思っている。
だからそうだな、いくつかの優先順位っていうか、いくつかの思うところがあって、それは睡眠時間というものを削るという選択肢は、健康のこともあるのでできるだけ取りたくないということ。そういうこともあるけれども、忙しい時とかどうしてもやりたいことがある時に、睡眠時間を減らしてでも取り組むということは正直言ってあるんだけれども、しかしそれをベースラインで設計してしまうと、まあおそらく体を壊してしまうような気がする。
自分はできるだけ健康で長生きをしたいと思っているので、まあ思っているからそうなるかわからないんだけれども、できるだけそうしたいという願望はあるし、できるだけその確率が上がるようなことをしたいとは思っている。
結局のところ、健康というものはお金によって買えるというようなことは言えない。もちろんどんなお金持ちも健康を害してしまうことはあるんだけれども、そうは言っても何が起きるかわからないとは言っても、確率を上げることはできるのであって、健康的な食生活を送るということにもお金がかかるし、病院に行くであるとか、まあ健康診断をしたり人間ドックにかかったり、いろんなことはあるだろうし、その中で唯一、睡眠時間を延ばすというのはなかなかその、睡眠の質を伸ばすということももちろん大事なんだけれども、質よりもやっぱりまず寝ることだと思っていて、そしてその睡眠時間の時間というものは決して誰にも買うことができないというトレードオフに、常に向き合っているような気持ちがある。